半世紀以上、東北の村々で昔話や言い伝えなどの「民話」を聞き歩いてきた小野和子さん。
NHKこころの時代ライブラリーで拝見し、「聞く」ことの大切さを教わりました。
このページでは、そんな民話採集家の小野和子さんの夫やお子さん、家族構成についてと、なぜ、小野和子さんは民話採集家になったのか、また、小野和子さんの簡単なwiki風プロフィールをまとめてみました。
小野和子のwikiプロフィール
まずは、小野和子さんのwikiプロフィールからどうぞ。
- 名前:小野和子(おのかずこ)
- 生年月日:1934年(昭和9年)?月?日
- 年齢:88歳
- 出身地:岐阜県高山市
- 学歴:東京女子大学日本文学科卒業
- 1975年:「宮城民話の会」を設立
- 著書:あいたくて ききたくて 旅にでる
小野和子の夫や家族構成(子供)は?
小野和子さんは、岐阜出身で、東京で学生時代を送り、
24歳の時、結婚して仙台に移ります。
小野和子さんの旦那さん(夫)について、調べてみたのですが、ネット上には情報がありませんでした。
ただ、お子さんは、3人いらっしゃるようで、お子さんがまだ小さい時に、「民話絵本を作る会」の存在を知ったそうです。
最初は、民話ではなく、”絵本”の部分に惹かれたそうで、下の子をおんぶしながら、そこに行ったんだとか。
だけど民話絵本を作ろうにも、宮城県の民話のみならず、民話について何も知らない、なので、とにかく聞きに行ってみなくちゃというのが始まりだったそうですよ。
小野和子はなぜ民話採集家になったのか?
小野さんは、アポイントも取らず、昔話を聞くために、歩いて一人一人からお話を聞いて回られていますが、なぜ、民話採集家になったのか、気になりますよね。
小野さんがお話された言葉が見つかったので、引用しますね。
「私が小学5年生のときに戦争が終わったのですが、教科書に墨を塗った世代なんです。昨日まで必死に暗唱していた大事な言葉に、先生から墨を塗って消せと言われてしまう。幼心にショックっていうのかしら、疑わしさというほど明確なものではないのだけど、戸惑っていたとは思うんですよ」
さらに自宅を、“自分たちの手で”失ってもいた。空襲に備えて道路を拡張するため、家屋疎開を命じられ、その期日に定められていたのが8月15日。家族が自分たちの手で家を取り壊した直後、玉音放送を聞いた。
「こうした出来事は、やっぱり自分の根にあるような気がします。本に書いてあることや、どこかの偉い人が言ったようなことではなく、自分の目で見て、聞いて、獲得してきたものを信じたいっていう気持ちが、民話を求めて歩くときもあったのではないかなと思うのです」